よろずを継ぐもの

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ブラシノキ

花鳥風月
第2話
2023.5.19
引っ越しをしてまだ日が浅い頃、ご近所を自転車でまわるちょっとした探険気分を休日に楽しんでいました。そこではっと目に留まった真っ赤な何かをつけた木。生まれてはじめて見るその木があんまりにも興味深く写真を撮っていると知らない女性が話しかけてきて‥
全く知らない人と、共通の目的もなく道すがらすれ違いざまに立ち話をする。よくある日常の1コマのようで、人間関係が希薄な現代において実は珍しいワンシーンな気がします。お互い連れでもいれば少しは違うけど、その時は1対1。さらに私は半年前にこの土地に引っ越したばかりで、はじめての初夏を迎えようとしていました。

ブラシノキ
遠目だと赤い花が咲き乱れてとても華やか

ツツジや紫陽花が咲き始めたころ、自転車で通りを走っていると見慣れない真っ赤な何かをつけた木、いったんは通り過ぎたものの「なんだ今の?花?実??それにしてもユニークな‥なんか見覚えのある形をしていたような」。特に予定の無い休日、近所を自転車で見てまわるだけの休日。さっきの木に興味が湧いてもう1度戻り、まじまじとその木を観察してみました。「うん、これはさっき私が水筒を洗う時に使った柄のついたブラシそのもののような形!」こんな木があるんだなぁ、はじめて見たなぁと思いながら明日誰かに自慢しようと写真を撮りました。
ブラシノキ
自然と会話が生まれる花

「やだ、これなんの木⁉」ふり返ると自転車をまたいだ高齢の女性がにこやかに話しかけてきました。私もはじめて見るもので何なのかわからないけれど、あまりにも変わっているからわざわざ戻って写真に収めていることを説明すると、その女性はさらにニコニコしながら「へんな形よねぇ」「見たことないわよねぇ」とたくさん喋りだしました。それからしばし「水筒洗えそうだから1本持って帰りたいくらいですね」などとたわいもない会話を楽しんだのでした。しかしそれっきり、次の年もその次の年も、時期は今頃だったはずと何度かその通りを通ってみたけどその木が見当たらず、周辺の道路工事で伐採されたようで、2度とその木を目にすることはありませんでした。
そして今年、最初にブラシノキを見かけた通りから2本ほど離れた小道でついに発見しました。こんな近くにいたんだ!という嬉しさと、あの時は女性との会話に夢中でGoogleレンズで調べもせず、結局何だったんだあれは⁉で終わっていたことを思い出しました。
大人になっても見たことのないもの、聞いた事のないことを知ることの楽しさや嬉しさ。そして知らない人とたわいもない会話を楽しむことの新鮮さや、その根底にある平和な日常のありがたさ。今年この季節にブラシノキを見つけて、またあの日の事を思い出し、知らない女性と微笑み合った時に感じた特別の日ではない、特別な気持ち、穏やかで温かい記憶がよみがえるような気がしたのです。
ブラシノキ
フトモモ科ブラシノキ属のブラシノキ

別名カリステモン、ハナマキ(花槙)、キンポウジュ(金宝樹)と呼ばれ、オーストラリア原産の個性の強い「ボトルを洗う際に使う円筒ブラシのような不思議な形」などと表現される花が特徴。
花言葉は「恋の炎」「はかない恋」で今日5月19日の誕生花とされているそうです。
私のこの花の花言葉のイメージは愛とか恋とかじゃなくって「繊細でタフなナイスガイ」って感じがします。よく見るとつぼみはミニバラのような可憐さがあってかわいらしいのですが、花は南国らしい力強さが勝つような…皆さまどう思いますか⁉
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