よろずを継ぐもの

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金木犀

花鳥風月
第1話
2022.10.25
目まぐるしく過ぎていく日々の中で、歳を重ねるごとに昔はあまり気に留めていなかったような日常の彩りのような物に興味が出てきました。
まさに花鳥風月。
人生の道を進むと花、鳥、風(風景)、月の順番にその良さが身に染みて、それらを愛でながら歳をとっていくといいます。そんな花鳥風月の入り口に立ち、目の前の景色を慈しむ楽しみを覚えはじめたところです。

すっかり秋の風が心地よい季節となりました。彼岸花があっという間に枯れ始め、日に日に寒暖差が出てきたこの時期に、私の秋の楽しみのひとつがあります。この時期になるといまかいまかと待ち遠しくなり、外を歩くときには鼻から空気をたくさん吸い込んで、その香りの断片を探す毎日。つい1週間ほど前に今年もその香りの断片を感じ取り、するとみるみるその花の香りがあたりを漂うようになりました。

金木犀

それはまるで秋を知らせるファンファーレ

秋の楽しみは食べ物ばかりという私ですが、年々愛しさが増し、待ち遠しくなっている金木犀。春の沈丁花、夏の梔子と並び日本3大香木に数えられているといいます。見頃が短く、秋のたった数日にだけ、甘くスパイシーな香りをふわりと漂わせる、儚げで鮮烈な印象の花です。最近、コスメブランドやお香などの秋の限定の香りとして金木犀、osmanthus(オスマンサス)の商品を見かけるようになりました。しかし正直なところ、「そうそう!この香り! !」と秋の街に漂うあの香りだと思えるものに出会った事がありません。だからこそ、秋が待ち遠しく、本物の金木犀が愛おしく感じられるのでしょう。いつでもこの香りを感じたいような、年に1度の楽しみとしてとっておきたいような、そんな複雑な気持ちがしています。

金木犀

香りが呼び起こす思い出

嗅覚の情報は大脳新皮質を経由せず、本能的な行動や感情に関わる大脳辺縁系にダイレクトに届くといわれています。何かの香りをかいで昔の記憶やその頃の甘酸っぱい気持ちがよみがえる‥そんな体験はありませんか?情報過多のこの時代、私たちの脳の中では知性や理性に関わる大脳新皮質だけがフル稼働していて、脳の活動のバランスが崩れがち。だからこそ嗅覚を活性化する事、感情をかき立てるような感覚を研ぎ澄ませることが重要だと言われています。
私の場合、金木犀の香りをかぐと思い出す光景があります。小学生のころ校庭の端に大きな金木犀の木があって、ある年の運動会の日に木の辺りがオレンジの絨毯のようになっていてとても綺麗だった。それを見て「もう秋だねぇ」と優しく母が言い、お昼時間にその木の近くにレジャーシートを敷いて私の大好きな物ばかりが詰まった美味しいお弁当を食べた、そんな穏やかで温かな記憶。とるにたらない日常の記憶でありながら、今でも心をぽっと温めてくれるそんな宝物の記憶です。数十年忘れていたそんな記憶を、金木犀が私の心の奥から引っ張り出してきてくれるのでした。
金木犀

花も鳥も風景も月も‥

あれこれ調べていると、花鳥風月、最後の月に心許したら死期が近いという記述がちらほら出てきます。でもそれより私が興味深いと思ったのは、花鳥風月のその先、そのへんの石にすら愛着をを持つようになるという話。森羅万象すべてのものに価値があり、慈しみの対象であり、それぞれの魅力、それぞれの価値があると心からそう思える。私も早くそんな成熟した大人の心を持ちたいなぁと思うのでした。
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