よろずを継ぐもの

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『銀河鉄道の夜』

よろず本棚
第2話
2023.10.13
秋の夜長に読み返したい、色彩に溢れた名作があります。大切な何かを考えさせるもの語りでありながら、シーンごとの情景があまりにも鮮明に浮かぶあまり、読書の秋と言えばいいのか、芸術の秋と言えばいいのか‥。そんな本を10年以上ぶりに読み返してみようと下弦の月が夜空に浮かぶうつくしい夜に急に思い立ったのでした。
夕焼けの時刻が日増しに早くなり、帰り道に澄んだ空にぽっかり浮かぶ月や、夏よりも煌めきを増す星々が目を楽しませてくれる季節となりました。そんな秋の夜長にふと思いだしたあの名作を久しぶりに読み返してみたい、先日そう思い立って古本屋さんへと出向いたのでありました。

『銀河鉄道の夜』
秋の色彩に溢れた『銀河鉄道の夜』

宮沢賢治が生前に刊行した書籍は意外にも自費出版の詩集『春と修羅』と童話集『注文の多い料理店』の2冊のみだといわれていますが、没後に評価が高まり国民的な作家のひとりとしてあげられる宮沢賢治の中で私が1番好きな作品がこの言わずもがなな名作中の名作です。プロフィールを拝見していくと、鉱物採取や星座に興味を持ち、盛岡高等農林学校を卒業、のちに花巻農学校の教員に、その後も農耕と詩や童話の創作に熱中したといいます。まさにそんな宮沢賢治の経歴が色濃く描かれているのが本作なのではないか⁉と感じるほど、主人公の見た景色の描写は自然の鮮やかな色彩に溢れています。

――「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねぇ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。――

銀河ステーションから汽車に乗り見覚えのあるこどもが友人だと気が付いたのち、しばし色鮮やかな列車の旅を共にする、そんな入り口のワンフレーズで、このもの語りの秋の色彩に頭の中ががらりと切り替わる想いがします。そしてこのフレーズの記憶が知らず知らずのうちに私の中に色濃く残り続け、秋を感じる季節の変わり目にふと『銀河鉄道の夜』を読み返そうと思い立ったのでした。
『銀河鉄道の夜』
ストーリーイメージを幻想的に表現した最高傑作

色とりどりの世界が広がる『銀河鉄道の夜』は様々な形で出版されており、そのお話を題材にしたミュージカルなどの作品もたくさんあります。そんな中で私の1番のお勧めはリトルモアから出版されている絵本『銀河鉄道の夜』です。清川あさみさんのビーズや布、クリスタルなどを使った刺繍で表現される深く美しいビジュアルの絵本は、子供はもちろんのこと大人も大満足な絵本シリーズの1冊です。
今回久しぶりにこのお話を読むにあたり、中古の文庫本を買い、様々なシーンをゆったりと想像してみながら読み進めてみました。そして自分のイメージを広げながら楽しんだ後に、実はすでに持っていた、とにかく挿絵が美しい宝物のようなこの1冊をストーリーイメージの答え合わせのように1ページ1ページめくり、久しぶりに堪能したのでした。
いろいろな楽しみ方が出来る唯一無二な宮沢賢治の世界は、私をこのようにして空想の世界へと連れ出したのち、後半部分では現実を生きるためのエールを言葉に込めてくれているように思えてなりません。
『銀河鉄道の夜』
あのさそりのように


――「僕たちしっかりやろうねぇ。」ジョバンニが胸いっぱい新しい力が湧くようにふうと息をしながらいいました。――

本当の幸いとは何か、みんなの幸せのために何ができるのか。眼で見ようと思っても何も見えないのなら、怯える心を捨てて前に一緒に進もう。
本作を読むたびに、宮沢賢治からのメッセージが時を超えて伝わってくるような、勇気づけられ、肩の荷がふと軽くなるような、そんな気持ちになります。溢れるほどの情報に流されそうになったら、ジョバンニと一緒に北十字から南十字へ、一夜限りの不思議な列車旅を楽しんでみませんか⁉
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