よろずを継ぐもの

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『アルジャーノンに花束を』

よろず本棚
第1話
2022.7.7
古本が好きです。はっきりとした目的のある時に新品の本を買うのとは違い、偶然の出会いを求めて古本屋さんをめぐる…そんな休日が贅沢だなぁと思うのです。前の持ち主の痕跡を感じるのも情緒的ですし、懐かしいデザインのしおりがはさまっていたりするとちょっとしたタイムカプセルのような不思議な感覚を味わえる、そんな古本を一緒に堪能してみませんか?
古本屋めぐりをしていると、目的の本や好みの著者、ジャンル以外のコーナーでも、ふと呼ばれる…というか、いまこの本を読んでおいた方が良いかも?と思う1冊に出会う時があります。それは、映画やドラマで図書館や本屋のシーンが映る時、主人公が手にした本の左右に映りこんだ書籍にも感じる偶然の出会い的な感じ。
また子供の頃に読んだ本でも、大人になったいま読み返してみると記憶と全く違うニュアンスに感じたり、心に響くフレーズやシーンも違ったりして新しい発見があったりします。
読書感想文を書くのに夏休みに読んだ不朽の名作と呼ばれるタイトルの数々も、当時はその素晴らしさが理解できていなかった気がするので、そろそろ読み返してみるのも良いかもしれないと思う今日この頃。
『アルジャーノンに花束を』
古本から1冊を選ぶ楽しみ

初回となる今回、私が選んだのはダニエル・キイス著『アルジャーノンに花束を』です。
1か月ほど前にネットニュースを流し読みしていたとき、見知らぬ人の感動エピソードに「恩師に勧められて読んだこの本で人生が変わった」と書かれていたことで、いつ読んだか覚えてないけど、久しぶりに読んでみようと思い立ちました。
うろ覚えながら、多様性が求められる現代にぴったりな内容だったイメージがあり、実際にダニエル・キイスが伝えたかったことは何だったのか?再確認したくなったのです。
早速古本屋さんに探しに行くと、さすがは名作、すぐに発見できました。同じタイトルの古本が並んでいるとき、貴方ならどんなふうに1冊を選びますか?微妙な価格差や本の状態を吟味し選ぶ、読み進めて大きな汚れがあったら嫌だなとパラパラしつつ、それでも前の持ち主の痕跡を隅から隅まで確認するわけにもいかず…なんてやっているうちにものすごい時間が過ぎている、これもまた新しい本を選ぶ時にはない醍醐味だと感じています。
『アルジャーノンに花束を』
『アルジャーノンに花束を』を読み返してみて私が感じたことは主人公のチャーリー・ゴードンと、チャーリーを取り巻くまわりの人達、どちらにも感情移入できる作品だなという事。そして本作は1959年に中編小説として発表され、のちに1966年に長編小説として改作されたSF小説と言われています。つまり60年以上前に書かれた空想世界のお話という事になりますが、科学の進歩が著しい今、手塚治虫作品のように、今日という日の延長線上、すぐそこの未来感のように感じるストーリーに引き込まれます。

チャーリーの家族、職場や学校、研究室の人々の視点では、今まで弱者が我慢を強いられてきた社会生活が徐々に変化しつつあり、多様性が求められはじめた現代において学ぶべき点が非常に多い。それでいて現代では好ましくないとされるストレートな表現がそのまま使われているからこそ、「悪い物は悪い」とわかりやすく感じ取ることができました。知らず知らずのうちに誰かを見下してしまったり、自分の当たり前を他人に押し付けてしまったりする…そんな日々の過ちを恥じ、生き物はみな平等という原則を意識する大切さを思い出させてくれるようでした。
そしてチャーリー・ゴードン自体の視点で描かれるストーリーでは1人の人間の長い人生を凝縮したような、誰にでも起こりうる経験と感情の変化をみた気がします。障害のある青年が頭の良くなる手術を受けた奇跡の話ではとどまらない、成長期の焦燥感や、青年期の充実した日々、そして老いと向き合い始める時の恐怖感、はじめて死を意識した時に頭を巡る自分という者の軌跡…そんな誰しもがいつしか体験し感じるであろう身近なストーリーのように。フラッシュバックのように登場する幼き日のチャーリーとの掛け合いも、自分の中にいる天使と悪魔や、自己中心的な自分と客観的な自分といった、単純ではない人の心理を表しているように思えてなりません。
『アルジャーノンに花束を』
改めて今の私に必要な、まさに読み返すべき1冊だったようです。
今回の古本には前の持ち主の痕跡は見当たらず、まだまだきれいな状態の古本ですがこの1冊は大切によろず本棚に収めておくこととします。
この世に完璧な人などいない、だからこそ人は葛藤し、反省し、想像し、想いを込めるのだ。日々をもがき、あがく現代人に作者ダニエル・キイスがエールを送ってくれているような気がしてなりません。

アルジャーノンに花束を…
ダニエル・キイスにも花束を…
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