傘もよう

日本の傘の歴史

日本の傘の歴史
2022.5.31
雨や日差しから身を守るために活躍する「傘」。
日常生活の中で当たり前のように使っていますが、よく考えてみるとあの形状やハンドルの部分、計算された骨組みなど、傘を開いてよくよく見てみれば、「なるほど よくできたものだな」と感心させられるもの。
今ではデザインや素材など、傘のバリエーションも豊富になり、自分の用途によって使い分けたり、ファッションコーディネートまで楽しめるようになってきています。 そんな傘ですが、一体いつから日本で使われることになったのでしょうか?

今回は、傘に関するちょっとした豆知識やその歴史についてご紹介したいと思います。
日本の傘の歴史
世界における傘の歴史
傘の起源は、遥か4000年も前にあったとされています。 古代ギリシャでは、高貴な身分の人が従者に持たせて歩いたそうで、当初は主に日除けとして用いられました。 開いたり閉じたりすることができる、画期的な開閉式の傘(日傘)が誕生したのは13世紀のイタリア。
その後、スペイン、ポルトガル、フランスなどヨーロッパに広がっていき、多くの貴婦人に愛用され、18世紀頃にはイギリスで現在の構造(開閉式)の日傘が開発されましたが、雨が降っても傘はささずに濡れていたそうです。1928年にはドイツで折りたたみ傘が登場しました。
日本でも江戸から明治時代の普及当初は、主に日射を避ける日傘として用いられていましたが、その後日本独自の構造的進化も見られ、降水に対して使うことが多くなっていったということです。
日本の傘の歴史
傘と笠の登場
雨や雪、直射日光などが当たらないように頭に被る道具「かさ」として、日本で最も古くに登場したのは、「かぶりがさ」として知られる笠。 最古の歴史書である「日本書紀」に登場し、古墳時代には笠をかぶった埴輪なども残されています。
材料は、イグサ、ヒノキ、竹などが使われ、現在も屋外の労働に、雨や日除けとして広く東南アジア各地でも使用されています。 一方、軸を中心に頭の上に広げる「傘」が日本に伝来した時期については詳しくわかっていませんが、古墳時代の後期、欽明天皇の時代には、百済から仏具の傘(天蓋)が日本に献上されたと記録されています。

平安時代以降には製紙や竹細工の技術の進歩によって、和紙に油を塗り防水性をもたせ、さらに開閉できる「和傘」がつくられるようになりました。
和傘は柿渋や油などを塗って防水加工した和紙などが用いられています。 その和紙を数十本の骨組みで支える構造で、柄と骨部分には主に竹や木が使用されています。
種類としては、番傘(ばんがさ)や蛇の目傘(じゃのめがさ)、端折傘(つまおれがさ)などが日本で広く知られています。

◇番傘(ばんがさ)
がっしりとして骨太の作りが特徴です。 無地の和紙を貼ったシンプルな作りで、江戸時代に生まれて以降、庶民の間で使用されてきました。

◇蛇の目傘(じゃのめがさ)
骨組みが細く、持ち手部分が黒漆で仕上げられる、華やかな傘。中を白く、周辺を黒・紺・赤などで太く輪状に塗った模様が、蛇の目に見えることから「蛇の目」と呼ばれています。 北原白秋作詞の童謡「あめふり」に登場する「じゃのめ」はこの蛇の目傘を持って子どもを迎えに来たお母さんの様子が歌われています。

◇端折傘(つまおれがさ)
傘の骨の端を中へ折りまげた長柄の持傘。 骨の端を内側に折り曲げた長柄の傘で、公家や僧侶、馬上の貴人などに後ろから差し掛けられたもの。屋外での茶道の茶会などで見ることができます。
素材のほとんどが天然素材のため、デリケートで大変重く、現在では日本の伝統芸能や歴史的な雰囲気づくりの小道具として登場することが多くなっています。

日本の洋傘
日本に洋傘が持ち込まれた当初の江戸時代の傘は、とても高価なため、一般庶民には手の出せない代物で、使用していたのは、武家、医師、洋学者といった一部の人たちでした。

明治時代に入ると、文明開化とともに洋傘も普及し始め、明治元年(1868年)に刊行された江戸(東京)の地誌「武江年表」には、「庶民にも洋傘が普及し始めた」ことが記されています。

1958年に浅草の傘メーカー「ホワイトローズ」がビニール傘を発明しました。
「ビニールフィルムを直接、傘骨に貼りつけよう」という斬新な発想は、当初の傘業界では、なかなか受け入れられるものではありませんでしたが1964年の東京オリンピック観戦のために来日していた外国のバイヤーに目をつけられ、ニューヨークにて大ヒット。世界中に広がりました。

日本の傘の歴史
日傘、雨傘、折りたたみ傘にビニール傘。1960年ごろにはワンタッチで開く「ジャンプ傘」が登場し、簡易な雨傘の普及も一気に加速してきました。そして、1964年ごろ洋傘業界は最盛期を迎えます。
しかし、平成初期になるとオイルショックやバブル崩壊を迎え、傘業界は多くの会社がより人件費の安いアジア諸国に製造の主軸を移していき、日本の傘職人は多くが廃業に追い込まれていきました。

そして現代。生産拠点が海外に移ってしまいましたが、日本の職人の技術を集めて作った繊細な傘が改めて伝統工芸品として見直され、再認識されてきています。
4000年前にはじめて世に登場したと言われる傘は、歴史に残る資料をみると、その形状はさほど変化してないように思えます。 しかし少しずつ着実により使いやすく・より快適に、進化し続けています。 中でも骨組みの進化は著しく、骨組みにグラスファイバーやカーボンファイバーが採用されることで軽量化・頑丈化が進んでいます。 今後もより美しく画期的な傘の登場に期待したいものですね。
戻る